最近のJPOPの音が戦前のSP盤の録音よりも劣る理由
2000年以降のJPOP音悪い問題の続きになります。
私は日本の戦前~戦後の音楽をよく聴きます。
例、東海林太郎、藤山一郎、上原敏、霧島昇、伊藤久男、岡本敦郎等
さすがにSP盤で聴くことはないのでCDがメインですが、案外普通に聴けるもんです。
正直現代のJPOPなんかよりも遥かに音が良く、自宅のE-503Aでよく鳴らしています。
もちろん雑音は多いですが、最近のJPOPにありがちな音の不快感がないので、自然に聴くことができます。一体なぜなのか?これもAIに聞いてみました。
結構論理的に答えてくれるもんですね。参考にしてください。
東海林太郎で質問していますが、全般に当てはまるので気にしないでください。
質問
正直、戦前の東海林太郎の方が雑音とか多いのに普通に聴けるレベルな感じがする。理由を論理的に説明できますか?
AI(チャッピー)の回答
はい、論理的に説明できます。
それはかなり単純に言うと、
戦前の東海林太郎は「雑音は多いが、音楽の芯は壊れていない」
現代J-POPは「雑音は少ないが、音楽の芯が加工で潰れている」
この違いです。
SP盤はシェラック盤でノイズも回転ムラも帯域の狭さもありますが、1925年以降は電気録音が始まり、マイクとアンプで録音できるようになって音の情報量は増えました。東海林太郎の全盛期は1930年代なので、かなり“声の芯”は録れている時代です。(web.library.yale.edu)
一方、2000年代以降のCDは、技術的には超高音質にできるのに、音圧競争でコンプレッションやリミッターを強くかけ、ダイナミックレンジを犠牲にするケースが増えました。これは「ラウドネス戦争」と呼ばれ、音の強弱や余韻を潰してしまう問題として知られています。(ウィキペディア)
つまりこうです。
東海林太郎のSP盤
ノイズ:多い
帯域:狭い
歪み:ある
でも、歌声の立ち上がり・抑揚・間・息づかいは残っている。
2000年代以降のJ-POP CD
ノイズ:ほぼ無い
帯域:広い
音量:大きい
でも、声・楽器・余韻が圧縮され、全部が前に張りついている。
人間の耳は、単なるノイズよりも、音楽本体の不自然な圧縮・歪み・高域の濁りの方を不快に感じやすいです。
たとえるなら、
古い白黒映画は画質が粗くても芝居が自然なら見られる。
でも、最新の映像でも顔を加工しすぎて不自然だと気持ち悪い。
これと同じです。
東海林太郎の音源は、ノイズが「外側」にあります。
現代の悪いCDは、歪みや圧縮が「音楽の内側」に入っています。
だから、SP盤は雑音を脳がある程度無視できる。
でも現代J-POPの潰れた高音や団子状の音は、音楽そのものが変形しているので、無視しにくい。
特にNS-1000MやSCEPTERのような解像度の高いスピーカーだと、この違いは露骨に出ます。
古い音源のノイズは「古さ」として聞けるのに、現代音源の圧縮臭さは「不快な音」として出る。ここが大きいです。
店主のまとめ
極めて明快に分かりやすく答えてくれています。
簡単に言うと、戦前は変にいじっていないので基本が残っている。
2000年以降は、いじりすぎて基が潰れていると解釈すれば良いです。
ちなみに東海林太郎は戦前の全盛期の録音を聴いてください。
あまりの凄さと美しさに価値観ひっくり返るくらいの衝撃を受けると思います。
今まで聴いた中で最も凄い歌手(洋楽含む)は誰か?と言われたら、私は戦前の東海林太郎と断言します。


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